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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)5060号 判決

原告 東北産業株式会社

被告 泉明 外一名

主文

1  被告らとの関係において、原告の被告泉明に対する別紙手形目録〈省略〉記載の各約束手形金債務は、存在しないことを確認する。

2  被告大同信用組合は原告に対し、前項の各手形について、本判決理由二記載の事実を要約した書面またはこれに相当する書類を添付した「不渡処分取止め請求書」を、社団法人東京銀行協会東京手形文換所に提出せよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と同旨(ただし、請求の趣旨中において被告大同信用組合に対し、主文第二項のほか不渡届の撤回をも求めているが、これは取止め請求書の提出と同義であると解するので、独立した請求とはみない)の判決を求め、その請求の原因として、

一  原告は訴外野崎定八にあてて、別紙手形目録記載の約束手形二通を振出したものであるところ、当時の所持人であつた被告大同信用組合(東京手形交換所の構成員である)は、受託銀行を通じて右各手形を、満期に支払場所において支払のため呈示したが、原告はその支払を支払銀行たる東京都民銀行新宿支店をして「契約不履行」の理由で拒絶させ、と同時に、同銀行(支払銀行兼返還銀行)を通じて、社団法人東京銀行協会東京手形交換所に対し、取引停止処分の猶予を求めるために、右二通の手形金額に相当する現金を預託して異議の申立をした。

二  被告大同信用組合は、その後同被告に右各手形を拒絶証書作成義務を免除して裏書譲渡した被告泉明に対し、右各手形金の償還義務の履行を求めたため、被告泉はこれに応じて右各手形を受戻し、その所持人となつた。

三  原告は、訴外野崎定八(右各手形の受取人)を原告とし、前記泉明を被告とする東京地方裁判所昭和三七年(ワ)第四、四七一号約束手形返還請求事件の自庁調停事件(同庁昭和三七年(ノ)第三七四号)の期日が開かれた昭和三八年二月一四日被告泉に対し、右事件の示談金として、金一五〇、〇〇〇円(その余の手形金支払義務を原告は免除した)を支払つて同被告より右二通の手形の返還を受けたが、それは、右二通の手形について手形所持人たる被告泉と手形振出人たる原告との間にそのような内容の裁判外の和解契約が成立したからであり、かくして、手形不渡に関する事故は解消した。

四  そうして、その際被告泉は本件各手形に関する和解成立(事故解消)を理由に、不渡届出銀行たる被告大同信用組合をして、不渡処分取止め請求書を前記東京手形交換所あてに提出させることを原告に約した。

五(1)  しかしながら、被告泉はその後原告の本件各手形金債務が残存すると主張して、被告大同信用組合に対し右不渡処分取止め請求書の提出方をうながさない。

(2)  また、被告大同信用組合は東京手形交換所交換規則第二一条に附隨する、手形不渡届に対する異議申立事務等取扱要領(交換所通知昭和三三年四月一日改正実施)(6) Aに則つて、前記手形不渡に関す事故解消の事情を詳記した書類を付した「不渡処分取止請求書」を東京銀行協会に提出する義務を有するにもかかわらず、被告泉と同様前記各手形金債務が未だ残存すると主張して、右取止め請求書の提出をしない。

そこで原告は(イ)被告らとの関係において、原告の被告泉に対する前記目録記載の二通の約束手形金債務が存在しないことを確認する、との裁判を求めるとともに、(ロ)被告大同信用組合に対し、同被告は右二通の約束手形についてなした不渡届を撤回し、東京銀行協会東京手形交換所に対し、前記のような和解契約の成立を事故解消の理由とした不渡処分取止め請求書を提出するよう求めるものである。

と述べた。

被告泉明訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一  原告の請求原因事実一は認める。

二  同事実二は認める。

三  同事実三のうち原告主張のような約束手形返還請求事件が東京地方裁判所に係属し、自庁調停に付せられたことおよび原告が被告泉に対し、金一五〇、〇〇〇円の支払をし、その際本件二通の手形を原告に引渡したことは認める。その余の事実は否認する。原告は同被告に対し、本件各手形金の支払を約していたものであるところ、昭和三八年二月一四日取りあえず、その内金一五〇、〇〇〇円を支払い、残額について支払の猶予を求めたので、被告はこれを了承して本件各手形を一時原告に預けたにすぎないものである。

四  請求原因事実四は否認する。

五  同事実五(1) は争う。(2) は知らない。

と述べた。

被告大同信用組合訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」の判決を求め、答弁として、

一  請求原因事実一は認める。

二  同事実二は認める。

三  同事実三のうち原告の被告泉に対する本件各手形金債務が消滅し、右各手形不渡に関する事故が解消したとの事実は否認する。その余の事実は知らない。

四  同事実四は知らない。

五  同事実五(1) は認める。(2) のうち被告大同信用組合が不渡処分取止め請求書を提出しないでいることは認める。その余は争う。

と述べた。

証拠〈省略〉

理由

一  原告の請求原因事実一および二は当事者間に争がないところである。

二  そこで、まず、原告の被告泉に対する本件二通の約束手形金債務が、原告主張のような和解契約の成立(示談成立)および右和解契約による義務履行によつて消滅したかどうかについて考える。

成立に争のない甲第七、八号証、被告泉との関係で成立に争のない甲第四号証(したがつて、被告大同信用組合との関係においても、その成立を認めることができる)、証人吉野森三、同野崎定八の各証言、証人毛利政弘の証言中同証人調書が引用する速記録四枚目一五行目から二一行目までの供述部分および原告代表者尋問の結果を綜合すると、昭和三八年二月一四日東京地方裁判所において、被告泉(同被告の代理人毛利政弘立会)と原告(原告の代理人吉野森三立会)との間に、原告は、被告泉が原告に対し支払を求めていた別紙手形目録記載の各手形金のうち金一五〇、〇〇〇円の支払義務あることを認め、同被告に対しこれを同日支払う。被告泉は原告に対し、その余の手形金の請求をしない(債務の免除ないし請求の放棄)ということを内容とする和解契約(いわゆる示談)が口頭で結ばれたこと、そうして、原告は同日同被告に対し、右契約に基づく金一五〇、〇〇〇円の支払義務を履行し、同被告は原告に対し、右二通の約束手形を交付して返還したこと、したがつて、それまで原告が同被告に対し負うていたものとみられるべき右各手形金債務は同日消滅するに至つたことをそれぞれ認めることができる。証人毛利政弘(前掲部分を除く他の部分)の証言および被告泉明本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信することができない。

三  前記一および二の各事実を合わせ考えると、原告の被告泉に対する右各手形金債務は現在存在しないことが認められ、しかも同被告が右債務の存否を現に争つていること(確認の利益の存在)は当事者間に争がないところであるから、被告泉との関係において、原告の同被告に対する右各手形金債務が存在しないことの確認を求める本訴請求は理由があるものというべきである。

問題は、被告大同信用組合との関係において、右のごとき確認の利益があるかどうかであるが、この点について考えるに、東京手形交換所交換規則第二一条に関して定められた「手形不渡届に対する異議申立事務等取扱要領」(交換所通知昭和三三年四月一日改正実施)(6) 異議申立提供金返還の項Aによれば、「事故解消の際は不渡届出銀行よりその事情を詳記した書類を添付して不渡処分取止め請求書を提出する」とあり、Bによれば「下記の場合において異議申立銀行が提供金の返還を請求するときは、異議申立提供金返還請求書を提出する。(a)事故解消し、不渡届出銀行より不渡処分取止め請求書が提出された場合(b)………」とある。これによれば、不渡届出銀行(被返還銀行つまり持出銀行が不渡届出銀行となる)が、東京銀行協会手形交換所に対し、不渡処分取止め請求をする、しないということが如何に不渡処分猶予中の当該手形振出人(約束手形の場合)の法律的利益に重大な関係をおよぼすかが明らかである。そうして、当裁判所は後記に詳述するとおり、不渡届出銀行は客観的に事故解消の事実があるものと認めた場合、東京銀行協会の社員銀行に対する関係においては勿論、関係手形の振出人に対する関係においても義務として、同銀行協会東京交換所に対し、不渡処分取止め請求書を提出すべきである、と考える。したがつて、本件において、不渡届出銀行たる被告大同信用組合が事故解消の事実つまり本件では原告の被告泉に対する本件手形債務の消滅の事実を認めるかどうかは、原告の法律的利益に重大な関係を有するので、被告大同信用組合との関係においても、本件各手形債務の不存在を確認する利益はあるというべきであるから本訴債務不存在確認の請求は理由があるものといわなければならない。

四  つぎに、原告の被告大同信用組合に対する不渡処分取止め請求書の提出を求める本訴請求について考える。

(1)  前掲手形交換所規則第二〇条第一項「当交換所において交換したる手形のうち支払に応じがたきものあるときは、これを受入れたる銀行は、その手形に不渡の事由を附記し、速かにこれを持出した銀行に返還し、その代り金を受取るべし」との規定および同第二一条第一項本文「手形の返還を受けたる銀行は所定の書式により翌日交換開始時刻までにその旨を当交換所に届出ずることを要す」との規定によれば、一応不渡になつた手形について、被返還銀行(持出銀行)は交換所に届出ることを義務づけられており、このような届出があつた場合、不渡の翌々日営業時限までに届出銀行より取消の通知がないかぎり取引停止処分がなされ(同規則第二一条第二項)、このような取引停止処分がなされたときは、社員銀行はその停止処分を受けた当該手形振出人(約束手形の場合)に対し、右処分の通知の日から三年間当座勘定および貸出の取引をなすことを得ないものとされている(同規則第二二条第一項)。右各規定は各社員銀行に対し、手形交換所に対する作為または関係手形債務者(約束手形の振出人または為替手形の引受人)に対する不作為の義務を課しているものということができる(同規則第二七条参照)。このように右東京手形交換規則が、各社員銀行に対し拘束性を有することは、同規則が社団法人東京銀行協会の定款に記載されている業務の一つである「社員において収受した手形小切手等の交換決済」(定款四条二号)のために設立された手形交換所の運営のために制定されたものであり、同規則第一条に「当交換所は東京銀行協会の定款第四条第二号の規定により社員銀行において収受したる手形、小切手等の交換決済をなすものとす」と規定されていることからも明らかである。

(2)  それでは、右交換規則は各社員銀行(または代理交換委託者)と取引契約を結ぶ相手方(いわゆる一般顧客)に対し如何なる関係をもつものであろうか。

右交換規則は、各社員銀行の経済的利益を守りかつ手形交換に関する各銀行等の事務的便宜を図るために制定された銀行協会の私的自治法である反面、不渡届、取引停止処分の制度を規定することによつて、不渡手形の濫発を抑止し、もつて手形制度の信用を高めるという公益的色彩を帯びているものであることはいなむことができない。そうして、社員銀行または代理交換委託者(代理交換に関する前記交換規則第三四条、第三五条参照)と取引契約を結ぶ者は、右社員銀行等が交換規則を遵守して業務を行なう結果反射的に同規則に律せられるにいたるのは勿論であるが、同規則の前記のような公益的性格に着目するとき、社員銀行等の取引の相手方は、右銀行等と取引契約を結ぶことによつて、同規則(とくに不渡届、取引停止処分に関する各規定の部分)が、自己と当該銀行との商取引の信用性に関する面を直接的に規整することを黙示的に容認し、しかも、同規則はそうしたことを充分予想して制定されているものと考えるのが相当である。このような見解に立つならば、一社員銀行(または代理交換委託者)の取引の相手方は、少くとも同規則のうち不渡届、取引停止処分に関する各規定に直接的に規律されながら、他面、社員銀行(または代理交換委託者)のすべてに対し、直接的に、右各規定を遵守すべきことを請求することができ、右社員銀行等は右請求に応ずる義務があるものといわなければならない。

(3)  そこで、前記交換所規則第二一条に附随して定められた手形不渡届に対する異議申立事務等取扱要領(交換所通知)の効力は、同交換所規則のそれに準ずるものと考えられるところ、同要領(6) Aによれば、「事故解消の際は不渡届出銀行よりその事情を詳記した書類を添附して不渡処分取止め請求書を提出する」と規定されているが、この規定は、不渡届出銀行は不渡手形の事故が解消したときはその事故解消の事情を詳記した書類を添付した不渡処分取止め請求書を交換所に提出して、取止め請求手続をしなければならない、という意味に解釈するのが相当である。右にいう事故解消とは振出人(約束手形の場合)が手形金の支払をしたとか、所持人との間に和解契約が成立したとか、手形振出欄が偽造されたものであることが確定したとかの場合を指し、本件の場合は、さきに認定したように裁判外において和解契約が成立し、しかもその契約の履行によつて、手形金債務が消滅した場合であるから、右事故解消に該る。そうして、右事故解消の有無は勿論不渡届出銀行または手形交換所の判断しうるところであるが、右判断は右銀行または交換所の恣意に委ねられているのではなく、その点について争があるときは、裁判所が証拠に基づいて判断することは何ら妨げのないところである。また、右にいう不渡届とは、同規則第二一条第一項の規定する手形の返還を受けた銀行(いわゆる被返還銀行)がなしうるのであつて、この被返還銀行には、社員銀行のほか前記交換規則第二〇条に付随して定められた「不渡手形の返還時限並びに返還方法に関する特別扱、返還先及び代り金について」(社員総会決議昭和三三年七月一日改正実施)(1) によれば、代理交換の場合の実際の持出店、当該委託者の母店等もなりうるのである。これを本件についていえば、本件手形を持出した被告大同信用組合(神奈川県川崎市所在)は、当裁判官の職務上知りえた知識によると、社員銀行ではなく、東京手形交換所の代理委託者(ひろい意味における東京手形交換所の構成員であることは、当事者間に争がない)ではあるけれども、右説示したところに成立に争のない甲第七、八号証および弁論の全趣旨を合わせ考えると、これを不渡届出銀行と認めることができる。

(4)  前記(1) ないし(3) の判示事実を合わせ考えると、本件各手形の支払銀行たる東京都民銀行(当裁判官の職務上知りえた知識によれば、東京銀行協会の社員銀行である)と取引を結んでいる原告は、右各手形の不渡届出銀行たる被告大同信用組合に対し、東京銀行協会東京手形交換所に前記二に判示した事実(事故解消の事情に該る)を要約した書類またはこれに相当する書面(本判決書の正本または謄本の写しでも差支えないと考える)を添付して不渡処分取止め請求書(その様式は同規則様式19による)を提出することを請求する権利(ただし、意思の陳述を目的とする請求権ではなく、作為を目的とする請求権である)があり、同被告は右請求に応ずる義務があるものといわなければならない(なお、請求の趣旨中にある不渡届の撤回は不渡処分取止め請求書の提出と同様であり、また、同被告に取止め請求をするという意思の陳述を求めても、交換規則上交換所の対応措置が規定されていないので、実効性がない)。

以上のとおりであるから、原告の被告大同信用組合に対する不渡処分取止め請求書の提出を求める本訴請求は理由があるというべきである。

五  よつて原告の本訴各請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 逢坂修造)

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